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ベートーベンは変わり者?愛され音楽家のエピソード

ベートーベンは音楽だけではなくその生き方が各方々で伝説になっています。
大酒飲みだったり、片付けれない男など
そんなベートーベンのまつわるエピソードをまとめています。

- 株式会社ハーティブレーン 【 ブログ 】

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ハーティブレーン(うぇ部)

2014年2月当時、「現代のベートーベン」と、マスコミで話題でしたが、その時少し気になったのでルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンについて調べてみました。
ベートーベンという人物。なかなかの個性的だったようです。

ベートベンの逸話まとめ

父親はニート。
ベートーベンの祖父(同名:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン)は宮廷歌手として大成功していましたが、父のヨハンはその祖父の稼ぎにあやかりニート状態だったそうです。典型的なダメ親父ですね。
祖父が亡くなって収入が激減し、焦った父はベートーベンを天才音楽家として世に売り出して養ってもらおうと目論み、ベートーベンを超スパルタで教育したそうです。意外と教育者に向いているのかもしれませんねw
生涯独身。
独身でしたが、愛人はたくさんいたようです。
でも消して浮気者ではなく、全員を愛した石田純○さん見たいな方だったそうです。
プラトニックですね。
モーツァルトに弟子入りを志願するもタイミングが合わず断念。
母の死と重なり、弟子入りは叶わなかったそうです。(記録にはないそうなので曖昧。)
モーツァールトはベートーベンの14才年上で、この当時ベートーベンが16才。モーツァールトが30才。フィガロの結婚を作ったときぐらいですね。
しかし、モーツァールトもかなりのくせ者。彼はこの頃借金地獄だったそうです。弟子にならなくてよかったかも?
若かりし頃は今で言うジャニーズ系。
ルックスもかなり二枚目立ったようです。ピアノが上手で二枚目とあり、周りの女性がほっとかなかったそうです。
服装もとってもエレガントな物を好んで着ていたそうです。
まぁ、くわしくはありませんが当時の服装でエレガント以外の服装が私は思いつきません。
30歳で難聴
ベートーベンは20代後半で耳が聞こえづらくなっており、28歳のときには最高度難聴者、30歳になるともうほとんど聞こえなくなっていたそうです。音楽家と難聴という狭間で、ベートーベンの苦しみ極限だったようで、常に自殺の文字が頭の中に巡っていたそうです。しかし、なぜかこの時期に作られた曲たちは名作が多いそうです。音楽と精神状態や環境は関係があるみたいですね。
神経質でとっても怒りっぽい。
感受性豊かで、物事に熱しやすく、感激しやすい性格。
時には弟子に噛みついたりしたこともあったとか。周囲でも怒ると何するか分からないと変わり者で有名だったそうです!でもいきなり噛みついたりするのか?と疑問です。弟子が何か変な事をしたんじゃないでしょうか。
血液型はB型?
これは確かな情報ではないので何とも言えないです。でもB型な気がします。
身長は162cm
当時の平均よりも低く、肌は浅黒く、天然痘でブツブツがたくさんあったそうです。
かなりマッチョ
身長は低かったものの、結構ムキムキだったそうです。筋トレみたいな習慣が当時からあったのでしょうか?
超ダサ男
若い頃はエレガントな服装を好んでいたそうですが、歳をとるにつれて洋服には無頓着になったようです。
時には浮浪者と間違えられ、逮捕されたこともあるそうです。(後にウィーン市長から謝罪あり)
弟子に「ロビンソン・クルーソーのよう」と言われることもあったとか。

1704年10月、航海長をしていたセルカークは、船長との争いが元でマス・ア・ティエラ島に取り残された。マス・ア・ティエラ島は、チリの沖合に浮かぶ全長約20km×幅約5kmの島でファン・フェルナンデス諸島では最も大きい島である。セルカークは4年4ヶ月の間、このマス・ア・ティエラ島で自給自足生活をし、1709年2月にバッカニアのウッズ・ロジャーズに救出された。

ロビンソン・クルーソー

初めてメトロノームを使った人?
耳が聞こえないのでベートーベンは、オーケストラの指揮をするときにとっても困っていました。
しかしメトロノームと出会い、曲の速さを視覚で理解することができ、
耳の聞こえないベートーベンにとって必要不可欠の道具だったそうです。
父親譲りの大酒飲み?
ワインが大好物で中でもハンガリー地方のワインを好んでいたそうです。
結構無茶な飲み方をしていたそうで、これが寿命を縮めたとの噂も。
ゴミ屋敷でも潔癖性。あだ名は「汚れ熊」
荒れ放題の部屋だったそうですが、こまめに手を洗うなど潔癖なところもあったそうです。
汚れ熊よりアライグマですね。
初恋の相手は親友と結婚
モテたのであまり気にしてなかったのではないでしょうか?
ズラだった
当時の人にはカツラは正装だったようです。ハゲ隠しというよりもお洒落な感じです。
エリーゼのためには本当は「テレーゼのために」である。
字が汚すぎて間違って読まれたそうです。
40歳のベートーベンが、まだ18歳のテレーゼに恋をし、結婚を申し込みますが実ることなく恋は砕けたそうです。
ダサくて見た目不潔なオッサンだったので仕方ない気がしますが。
福山雅治さんならOKだったかもですね。
月光は散歩中に出来た
ある日ベートーベンが散歩をしているとどこからかピアノの音色が聴こえてきたそうです。気になって除きにいくとそのピアノを弾いていたのは盲目の少女。感銘を受けたベートーベンは感情のままにこの曲を作ったとされています。
月光は通称で、ベートーベンの死後に名付けられた
ベートーベンの死後、ドイツの音楽批評家が第1楽章について「ルツェルン湖の月光の波に揺らぐ小舟のよう」とコメントしたことに由来。聴いたことがある人は分かるかもしれませんが、第1楽章以外は月光っぽくないです。
ビリー・ジョエル 「THIS NIGHT」は悲愴をもーチーフにしている
他にも

  • SMAP 「Theme of 008 (piano sonata no.8)」
  • 平原綾香&藤澤ノリマサ「Sailing my life」
CDの録音時間はベートーベンの第九(演奏時間74分)が基準。
色々と揉めてたそうですが、第九が基準で決まったそうです。
音楽家あるあるで交響曲第九番を作曲すると死ぬらしい。
ベートーベンも第九を作った後に亡くなっている。
ベートーベン以外の作曲家の方も第九を作って結構亡くなってるらしいです。シューベルト、ブルックナーなど
1827年3月26日、肝硬変により永眠。享年56才
没年の前年から色々な病気にかかりボロボロだったそうです。
死因は肝硬変と書きましたが、現在有力なのは鉛中毒だそうです。当時の環境から知らぬ知らぬに接種してしまってたようです。

出典:不滅の楽聖・ベートーヴェン
出典:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Wikipedia)

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