転機と成長、東京営業で掴んだ成功と次なる挑戦

Episode 28

東京に営業に行って一年半が過ぎ売上は安定しできたというより、予想をはるかに超えて私自身が驚いた。 事務所も立ち退きの時期が来て、新しい所を探していたら、中津口に50の広さのいい物件が見つかりここに決める事にした。広い社長室ができ、応接セットを揃えたり、クラウンの新車を購入し、何処か有頂天になっていた時期でした。 良い時に転ぶ時は、良い様に歯車が回るもので地元のお客様からも、ホテル関係の繋がりで旅行会社の仕事が舞い込んできた。担当者、カメラマンと九州を回り県ごとの旅行パンフレットを作成した。 デザイン、写真などが良く、発行した県の観光担当者や、旅行会社の担当者、双方から大変喜んでいただいた。この仕事がうまくいったのも倒産した旅行会社のデザインの経験があったからでした。 ロータリーの方は適当にこなしていたが、突然幹事の指名があり、びっくりした。 忙しくてお断りしようとしたが、ロータリーの時期会長が設計会社の社長で、ロータリークラブには会長から指名を受けたら断ってはいけないとの掟みたいなものがあった。 以前食事する所で、日本一のタクシー会社の創設者の会長を紹介してくれた方でもあったので、幹事を受ける事にした。組織の人事、連絡事項、理事会、毎週の例会、ゴルフ会、親睦旅行など色々な行事があり、あっという間の1年間でした。任期の途中、ロータリーの会長が東京で手術し入院する出来事もあった。東京に出張の合間にお見舞いに行き、近況報告などが出来た。ロータリーの幹事をしてロータリーの会長と話す時間を多く持てた事、ロータリーの仲間の会員の方々とより身近に接する事が出来た事は、今後の私の人生にとって言葉では表せない貴重な経験ができました。 思い起こせば青年会議所「JC」に29歳で入会しての11年間、色々な役を経験させて頂き、最後にわっしょい百万祭りの実行委員長をして卒業させていただいた。この経験が40歳からの人脈作りに、大変役に立った。 仕事は順調でしたが、東京の得意先に行くと担当者から「仕事も多くなったので、東京を中心に東西二つに分け、あなたは西担当、もう一社が東担当をしてはどうか」とはなしがあった。 また、新しい仕事の話もあったがこの仕事には日本で一番大きな印刷会社が絡んできた。 さてこの二つの問題をどのように対処したらいいか考えすぎるほど考えた結論は・・・・・
世の中は森喜朗首相が退陣、小泉内閣が発足、大阪教育大附属池田小学校に男が乱入、刃物を振り回し児童8人が死亡、明石市の花火大会で歩道橋の見物客らの転倒事故で、11人が死亡、歌舞伎町の雑居ビルで火災、44人が死亡と悲惨な出来事もあったが、皇太子妃が内親王を出産、愛子と命名。 歌謡曲では、宇多田ヒカル、浜崎あゆみ、桑田佳祐、モーニング娘。などが活

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山形の奇跡と東京での飛躍

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東京での挑戦と家族の絆、成功と試練の7年間

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