最期の季節に寄り添う桜と共に

Episode 32

家の周りには、桜の花が満開で気持も明るくなる時期であったが、私の身体と気持は疲れ切っていた。 夜、女房と食事をしながら今後のことを話をした。女房の希望は、延命治療はしないで下さい。痛みが辛いので痛みがない治療をして下さい。長女には乳がんである事は話さないで下さい。 流産になるのが怖いし旦那さんの両親に申し訳ないのでとの話をした。 腕が腫れてきて近くの病院に行くのも辛そうで可哀想だった。その様な状態の中でも、家の中を少しずつ片付けをしていた。色々考えた末、市の医療センターの緩和ケアー病棟に入院する事にした。私は病院に寝泊まりする事にした。
朝、会社に行って、病院に行き昼食を食べさせ、家に寄って猫のまりちゃんに餌をやり、会社に戻り、段取りして、夕方病院に戻り夕食を食べさせ、私は近くで一杯飲み食事をして病院に戻る生活の日々を過ごした。 毎朝精神科の先生が来て何かお話しすることはありませんかと言われても、何時もありませんと答えていた。緩和病棟には食事の用意をする所もあり、旦過市場で買い物をして料理を作って食べたりした。 わっしょい百万夏祭りの時には次女、三女の家族を病院に呼んで、お寿司を食べながら、花火を見て女房の残り少ない時間を過ごした。この頃から食欲も無くなり、痛み止め薬の効く時間が短くなってきた。
9月に入り先生からいつ逝ってもおかしくない時期に入りましたと言われ、婦長さんに相談して長女に知らせる事にした。びっくりして直ぐ高松から駆けつけてきた。長女は大泣きしていたが、女房は「泣いてどうするの、今あなたの大事なことは、元気な赤ちゃんを産む事よ」と逆に励ましていた。私はたまらす病室を出た。会社の仕事は取ら先と話で済ませていたか、宮業は私一人なので地元はなんとかなったか川崎のお客様には事情を説明できす、不信感を持たれた。
9月半ば予定日より早く、次女が出産、1日遅れで三女が出産、2人とも帝王切開で女の子でした。出産して10日ぐらいして女房に合わせに病院に連れてきた。女房は2人の孫の小さな手を触り笑顔を見せて、2人の娘に小さな声でごめんねとつぶやいた。2年前から東京の仕事が減り始め、第9期は売上げ16,097万円、営業利益は-2,342万円と大幅の赤字となった。川崎営業所の経費が膨らんで、それが足を引っ張った。この時の私は目の前で起きていることが、現実ではなく夢を見ている様な感じで日々過ごしていたのだろうー
10月に入り朝晩が急に冷え込んできた、10月2日18時25分女房は皆んなに囲まれて旅立った。2日自宅に安置し事前に頼んでいた紫雲閣で通夜、葬儀を執り行った。多くの方々に来ていただ感謝!自宅に戻りこれから先のことを考えようとしたが無気力で何も考えることができなかった。

最期の季節に寄り添う桜と共に

Episode 32


Episode 31

家族の幸せと迫りくる別れの時

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