病気と事業運営の並行調整

Episode 9

友人である先輩と、新しく設立した会社を軌道に乗せないといけないプレッシャーもあり 1日の半分は新会社の専務として営業で飛び回り、残りの時間は社長で資金繰り 営業、社員を励ましヤル気を出させる話をしたりと、1日があっという間に過ぎていきました。
その頃は景気も良く、両社とも売り上げは順調に伸びていきました。 ただ得意先からの借り入れは雪だるま式に増えていきましたが...。
私はこの仕事が天職だと考えていましたので、借り入れ金も必ず返済出来ると思っていましたし 仕事をしていけば必ず道は開ける、と言う強い信念もありました。 ワープロを使った文章作成機と従来の和文タイプライターの新旧を比べて 「今は物足りないワープロではあるが、この先必ず進化していく」と思っていました。
そんなある日、仕事を終えて家に帰りビールを飲むといつもの味と違うし飲めないし、 食欲も無く体がだるく「普通じゃないな...」と思いましたが、 そんな事言ってる場合でも無いしそれまでどおりに仕事をしていました。 しかし増々酒が飲めない、さらには寝る前に天井が回ったりして気分悪く体重も見る見る痩せていきました。 女房も心配して近くの病院に行く事にしました。
血液検査、エコーなどの検査を受けひとまず帰宅し、それから2日位して病院から連絡があり、 女房が電話で看護婦さんから聞かされたのは 「明日紹介状を書くので、朝一番に来院する様に」との話でした。
朝一番に病院に行くと先生から紹介状を受け取り、金田にある新小倉病院へと向かいました。 病院での検査の結果、ガンマーGTP・GTOが異常に高く、そのうえ胆石も見つかり即入院となりました。 「なんとか入院を延ばして貰いたい」とお願いをしましたが 「死んでも良いのであれば」みたいな事を先生から聞いた記憶があります。 入院した日から注射・点滴が始まり、1週間経って血液検査をしても数値は下がらず 「10日位すれば退院」と思ってた私は双方の会社の事が頭から離れず電話をしたり 社員を病院に呼びつけて指示をしたりと、イライラした日々を送っていました。
注射・点滴の繰り返しで両方の腕は青くなり針が刺せず、ついには手の甲に針を刺してしてましたが それでも一向に肝機能の数値は下がりませんでした。 肝臓の一部を針で取る肝生検の検査もしました。 「肝硬変の手前かな...」みたいな話を聞いた様な、かすかな記憶があります。
その頃、私の友人で海外から海産物を仕入れたり、 それを加工して日本全国に卸す仕事をしている社長からの依頼で「今の会社のCIをしたいので」との話があり 居ても立ってもおれず、先生にお願いして一時退院のお願いをしました。 「病状はかなり悪いので、毎日必ず注射・点滴を受けに来る様に」と念を押されました。 その時すでに最初の入院から2ヶ月程が過ぎていました。 病院の玄関を出ると陽は眩しく、足元がフラつき体に力が入りませんでした。
2ヶ月ぶりの会社、家庭での生活に喜びはあるのかと思っていましたが、それは無かった様に記憶してます。 早速友人の会社を訪れ話を聞くと予想を超えた大きな仕事で 「これはチームを作らなければとても対応出来ない」と判断し全て一流のデザイナー、コピーライター、 カメラマン、ディレクター達と毎週1回ミーティングをしながら詰めていく事にしました。 そしてこの仕事は友人と作った会社で引き受ける事にしました。 毎日病院に行き、注射・点滴を済ませ資金繰りの日々...。 お酒は飲まないと言うより、飲む気にすらならなかった。 身体の状態はというと、かなり痩せてきて頬は落ち込み、顔には吹き出物ができて顔色も浅黒くなっていました。
1ヶ月ほど経過しての血液検査では肝機能の数値が物凄く上がって、婦長さんから 「即入院しなさい」との話があり、やむなく週1回のミーティングの時は外出許可を貰う事をお願いしました。 「ひょっとしたら、俺は、もう終わりかな~」と思いながら2回目の入院生活に戻りました。 この後病状は更に悪化していきました...。

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